障害者新聞

目と耳の障害者が作った新聞です。社会の本質を書いています。

偉大なるシナリオライターと神の語源Ever17について

なんか障害者新聞名乗ってるのに、エロゲの記事ばかり検索上位になり、泣けてくる。

主要キーワードほとんど検索1位だ。


☆☆☆


Googleに書け!書け!言われるので、最近のゲーム遍歴についてでも書いてみる。

シュタインズ・ゲートやりたいんだけど、テレビを廃棄してしまったためやれずにいる。


だから仕方なくPCゲームばかりやっている。

いまやっている、というかやっと全クリしたのが、HULOTTE(ユロット)の嫁探しが捗りすぎてヤバい。である。


おもしろいのかと言われたら別におもしろくはない。

というか、3度目だし、シナリオ知ってるしで、週1でやる程度である。


じゃ、なんでHULOTTEのゲームやるのか。

私にもよくわかってない。

ただ、ここはすごく一生懸命な会社なので、ここが作ったゲームは好んでいるのだ。


HULOTTEのゲームの特徴は、完成度が非常に高いことである。

CG、立ち絵、システム周りの出来が非常に良いからストレスが溜まらない。特に原画家のクオリティーが高い。


それは良いんだけど楽しくはない。どちらかといえば、つまらない。

PCゲームのロールモデル(見本っていうか定型)であると言える。PCゲームの多数派はこんな感じなのだ。


では、HULOTTEのゲームの対局にあるのは何か。

それは車輪である。かの禍々しき拷問器具ゲー、法哲学ゲー。車輪の国、向日葵の少女だ。


車輪とか家族計画とかああいう奴ら。昔のラディカルな、過激な、尖った奴ら。

これが対極だ。


彼らは徹底的にアドベンチャーゲームの本質を理解していたと言える。

アドベンチャーゲームとはただ文章を読むだけのゲームだ。


で、たまに選択肢を選ぶことで、ストーリーが分岐するゲームである。

このジャンルの場合、一番大切なのは可愛らしいCGでも立ち絵でもない。


アドベンチャーゲームが読み物ゲーである以上、一番大切なのは、唯一無二の絶対的な偉大なるシナリオライターを擁するかどうか。

ただそれだけでしかない。


車輪はこれである。

史上最高のシナリオライターがすべてを救ってしまうゲーム。


車輪はあかべぇそふとつぅの最初の作品であった。

お世辞にもCGや音楽、システム周りが秀逸であるとは言えなかった。


でも、そんなのどうでも良かった。

なぜなら作品を執筆した担当シナリオライターが、当代最高のシナリオライターである、るーすぼーい氏であったからだ。


彼がすべてを救ってくれた。鬼才がすべてを助けた。

完成度が低かろうが、そんなのはどうでも良かった。


るーすぼーい氏のあのドス黒いニヒリズムの文章が読めるだけで、プレイヤーは幸せだった。

PCゲーム業界は常にトップレベルのシナリオライターが不足している。


だからHULOTTEのようなメーカーのが多くて(そのことについて彼らを批判すべきではない)、逆に車輪のようなゲームがむしろ稀なのである。

稚拙なシステムや下手な絵の美少女キャラ(別に絵なんて、ブスだろうがなんだろうがいい。)

車輪にとって、そんなのはどうでも良かった。少し下手だけど一生懸命描いてくれるのが伝わってくるし、素晴らしいキャラばかりだったからだ。


そして何より、あの当代最高シナリオライター、るーすぼーい氏の文章が読める。

ただそれだけで、ただそれだけで良かった。幸せだった。


車輪の4章の自殺者の叙述とか大好き。綺麗な日本語である。

こういうゲームソフトはほんとうに稀で、だけど私は30年来のオタで、むしろこういうゲームばっか持ってる。好んでる。やってる。


次、Ever17やろうかと思ってる。

3回目だ。

Windows10で動くのかわからんが、久しぶりにやりたくなった。


日本では最近すごい!とかとんでもない!とかいう形容をマジで神!

と言うことが良くある。


この「神」という言葉がインターネット上で最初に生まれたのは、私の知る限りいまから19年前である。

当時日本で最初の神が生まれた。


それが2002年度の王。神ゲーEver17である。

神ゲーEver17で初めて「神」という言葉がネット上で使われるようになった。


当時、ファミ通という雑誌があった。

ファミ通にはファミ通クロスレビューというコーナーがあって、毎週発売されるゲームをプロのレビューヤーが1~10点で採点し、ゲーマーは購入時の参考にするという企画があった。


当時、プレイステーション2で発売されたEver17は、それはもう酷い点数を付けられたものだ。

4人のレビューヤーは神のゲームに対して7点、6点、7点、6点を付けたのである。


神ゲーに6点とか普通にありえないのだが、まあ仕方がないのだ。

私も17年前にやってたとき、点数付けるなら4点か5点だったろうし。


仕方がなかったのだ。作った後、株式会社KIDは倒産したが、どうすることもできなかった。

しかし、一部のオタからなめてんのか!と苦情が入り、レビューヤーは最後までやってしまった。


Ever17を最後までやってしまったのだ。

神ゲーを最後までやり、彼らは翌週のファミ通で謝罪会見を開く羽目になった。そういう曰く付きのゲームソフト。


それが神ゲーEver17である。

あれから19年の歳月が経った。しかし謎解きミステリー物理学アドベンチャーゲームとして、または衝撃系として、ここ19年間Ever17を越えるゲームは出てこなかった。無敗である。


Ever17は無敗であり、ただの一度も負けてはいない。いまも頂点であり続けている。

Ever17には5本のシナリオがある。最初選択できるのは4本までである。4本から1本選ぶのだ。

そして4つ全部やると5本目が選べるようになる。


最初の4本のシナリオは点でしかない。縦に点を穿(うが)つシナリオだ。

そして最終シナリオココ編は、4本のシナリオすべてをやった後でないと、分岐が選択できないようにできている。


それまでの4本のシナリオは点であった。縦のシナリオだ。

それぞれが時間軸において、単独の事象として形成され、イベントが発生し、経過していくのだ。これではお互いが干渉し得ない。


しかし、最終シナリオココ編は、4本の点を結ぶ横断的な面のシナリオなのである。

ココ編は面のシナリオであり、そして4本のシナリオすべてを横糸で結び合わせ全体像を形成させる。


そしてそれら結んだ線と、結ぶことによって描かれた絵を、上空から立体的・俯瞰的に見下ろすことで、ココ編によって、Ever17とはどんなゲームだったのかをプレイヤーは知ることになるのだ。

ちなみに私は、ココ編やってたとき、あまりのすごさに両腕が鳥肌になった。


神のゲーム、雑誌社に謝罪会見までさせてしまうゲーム。

それが最終シナリオココ編なのである。


ココ編にいくまではほんとうにつまらないゲームだ。

しかし、最終シナリオをやってしまうと、その評価は一変してしまう。


Ever17とはなんだったのかがわかるのである。結んだ線を立体的に見下ろすことで、どんな絵だったのかが分かってしまう。

点ではなかった。要するに、神のゲームだったんだけどね。


その後ネットで広まったマジで神!とかいう言葉。

これの語源を作ってしまったゲームである。


Ever17は騙しゲーである。騙されてくださいね。である。

(もうこれ以上の言葉はいらない、ネタバレなんかしないし)


全員で水中のテーマパークに閉じ込められ、脱出するのが目的のゲームなのだが、放っておくと水圧で建物が圧縮され全員溺れ死ぬ。そんな緊迫した状況なのだが、全員が協力し合ったりなんかしない。

助け合いなんてしない。仲間が助け合わない。裏切りと隠し事ばかりなのだ。


みんなバラバラ。むしろ溺れ死ねばいいとすら思っている。危険な目に、ワザと遭わせたがっている素振りさえあるのだ。

だからつぐみみたいな誠実な人は、いつも怒っているのだ。


全員が誰かが誰かに嘘を付き騙し合っている。脱出ルートなんて知ってても誰にも教えたりはしない。

疑心暗鬼に駆られる。そういうゲーム。


でも、その嘘は、実は優しい嘘なのだ。

誰かが誰かのために嘘を付いていた。誰かが誰かのために皆を騙し合っていた。行動していた。暗躍してた。


だからあのゲームをやる場合、言葉は要らないのだ。

プレイヤーはキャラと同じで騙されてくださいね!でいいのだ。


そういうゲームソフト。謎解きミステリー物理学アドベンチャーゲーム

ここ19年間無敗のゲームソフト。


これをやるかれいんどっぐのゲームをやるかで迷ってる。

いま、そんなところ。

関連エントリーるーすぼーい氏は天才ではない。彼は鬼才。文豪の鬼である

(おしまい)