障害者新聞

目と耳の障害者が作った新聞です。社会の本質を書いています。

ツイッターでバズると、「誰もあなたになんて興味ないよ」って言われているような気持ちになる。

3月にツイッターでバズりました。

そのときに感じたのは、「誰もあなたのことなんて興味ないよ」と言われているような気分でした。


☆☆☆


2017年3月の1ヶ月間でリツイートされまくって、最低でも30万人に私のツイートが読まれました。


だけど、30万人にツイートが読まれても、ブログのアクセス数は1,000程度しか増えませんでした。


しかもそのアクセスは一過性のものであり、バズったあと、ブログはまた元のアクセス数に戻ってしまったのです。


30万人にツイートが読まれてブログのアクセス数が1,000増えたということは、ツイートを読んだ人のうち0.33%、つまり1,000人に3人だけがブログを閲覧してくれたことになります。


しかも、1回だけの閲覧であり、その後ファンになってくれたり、たくさんのページを読んでくれたりということは、ほぼありませんでした。


なので、貴方なんかがSNS上にいてもいなくてもいいんだよ!と言われた気持ちになってしまい、3月4月の頃は落ち込んでしまい、ブログの記事をたくさん書くことができませんでした。


ブログを育てて人気ブログにさせたいのならば、ツイッターをやらずにブログの記事の質に注力すべきだというのが、いまの自分の考えです。


コンテンツの質とWebマーケティング以外何もやらなくていいとさえ思っています。


アクセス解析すらほとんどやらず、アクセス解析をやるために確保した時間のすべてを記事本数を増やすために使ったほうが成果が出ると、断言できます。


ツイッターでバズると「こんな簡単にバズっていいのだろうか?」「ブログなんて楽勝じゃん」と、驕り高ぶった意識が生まれます。


だけど、リピーターやファンになって何度も閲覧してくれる人はほとんど出てきません。ただ一時的に目立っただけであり、また元の閲覧者数に戻るのです。


だからこそ、地道に良質な記事を更新し続け、記事本数を増やし続け、読者に喜ばれるブログを目指したほうが、中長期的には大きな成果を生み出すことができるのです。


沢山の成果が一度に出てしまうと人間は傲慢になり周囲に成果を誇示し、威張り散らします。


だけど、運だけで生まれた成果は長続きしません。そのうち生み出した成果が当然の事なんだと思い初め、楽をするようになり、つまらない記事を書き始め、ファンを失い、そして自分の力の無さに気づくのです。


ブログ運営において一番大切な事はツイッターで楽をすることではなく、ストイックに良記事を一つひとつ作っていくという、とてつもなく地道で反復的な行為です。

これを500本1,000本と継続させていくのです。


気が狂うほどに遠い道のりであり、あまりにストイックに仕事にのめり込んでしまうことから、もう自分が人間なのかロボットなのかすらも判別できないくらいに機械的に記事を生み出す作業に、没頭することになります。


だけどこのストイックな行為こそが、ブログ運営の真髄だと私は考えます。一見無意味のように見える記事を1本1本丁寧に執筆し、1つひとつ配信していくのです。


そうすると、たまに同じ価値観をもった読者さんが約1%の割合で現れ、たくさんの記事を読んでファンになってくれることがあります。


ファンになってくれたら、新しい記事を配信したときにまたこのブログを訪問してくれて、また、たくさん読んでくれるという善循環が出来上がるのです。


ツイッターから来てくれた人はツイートを読んだ人のうちの0.33%ですし、またリピーターやファンになってくれるわけではないのです。


ブログはあくまでも記事本数がものを言う世界であり、質の高い、人の役に立てる記事を、ほんとうに呆れ返るほどの熱意でもって、1本1本作って行くしかない。


こんな途方もない道のりを歩かないと有名になったり人気が出ないと先に知っていたならば、絶対にブログなんかやっていないだろうと言うほど、ブログは費用対効果が低いメディアです。


ほんとうに恐ろしいほどの膨大な時間をブログ執筆に大量に注ぎ込み、朝から晩まで全ての時間を執筆活動に充てて、それを数年間繰り返さなければ、200万とか300万アクセスという大台まで登っていくことはできないということを、最近感じ始めています。


ブログで大きな成果を生み出したいのであれば、急がば周れであり、ほんとうに気が狂うほど地道にやっていくしかないのです。


だから最近はツイッターをほとんど使わず、朝から晩までブログの執筆に私は打ち込んでいるのです。