障害者新聞

目と耳の障害者が作った新聞です。社会の本質を書いています。

植えつけられた倫理と常識について

よく、「失業しても最後のセーフティーネットとして生活保護があるじゃん」という言葉をネットで目にします。


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実際に304社の企業に落ちて、生活保護の恐怖が近づくと、人間はどんな心理状態になるのか?

少し書いてみようと思います。


まず、生活保護は毎年予算が削減されていますが、東京の単身世帯の生活保護費である13万円ならば、私は楽勝で生きていくことができます。


生活費なんて食費と家賃しかお金使わないからです。だけど問題はお金ではなく、精神が維持できるのか?


というところにあります。


自分もそうなのだけど、子供の頃から日本人は

  • 人様に迷惑を掛けてはいけません
  • 自分の尻は自分で拭け
  • 働かないもの食うべからず
という一般常識を叩き込まれているため、収入がなく貯金が減り続け、生活保護が近づくと、悪夢を見るようになるのです。

私の場合、自分が死ぬ夢と蛇に食い殺される夢を見ます。


努力や頑張るが意味を成さないのは、304社に落ちたことからも分かっています。


もう努力ではどうにもならない現実を私は知っています。

それでも幼い頃から叩き込まれた倫理と常識が、私に悪夢を見せるのです。


問題は金銭面ではなく精神面です。区役所は最後まで「生活保護」という言葉を使いません。絶対に生活保護はさせないぞ!という強い意志を感じます。


それでも生きるために恥を晒せるのか?


日本に自殺者が多いのはそのとき、恥を晒す苦しみよりも死ぬ苦しみ(自殺)のほうが楽であり、お得であるというインセンティブ(動機)が働くためです。


恥を晒してまで悪夢に才悩まれながら、それでも生きていたいと思えるのか?


この精神を植えつけているのは、「人様に迷惑を掛けてはいけません」という親から譲り受けた倫理観であり、日本人の常識なのです。


だから、私が殺されるならば他殺ではなく、自分で自分を殺してしまう。

精神が維持できなくなって、自分を殺してしまうリスクが一番高いことが、いま分かっています。


日本人はお金の無い人には、とても冷たいものです。

お金のある人にはお金の量に応じて「おもてなし」を提供しますが、福祉は水際で何としてでも予算を削減したいという

 人口減少→税収減→福祉予算の削減(効率化)

というインセンティブ(動機)が働いているため、出来る限り福祉サービスは提供したくないという非常に強い意思が、公務員の顔には書かれており、それでも恥を忍んで


生活保護を受けたいと「その言わせない雰囲気のなかで」言えるのか?


その言う苦しみに耐えるのであれば、自殺したほうが楽だという、一般的な日本人のインセンティブ(自殺動機)へと走るのか?


ということを日々思考しています。

ただ、304社も落ちると、精神がタフになりすぎるため、私は死にはしないと思います。


酷いことをされすぎて精神がタフになりまくっているためです。履歴書送ったら、「お前障害者だろ?何応募しちゃってるの?」となって、折角作った履歴書を3社に1社は送り返してきます。


そう。障害者の人生は常に地獄なので、これ以上の地獄なんてないんです。


だから、生きているとほぼ自動的に迫害されるため、害虫扱いされ、税金泥棒扱いされるため、ただ生きているだけで精神がタフになるのです。


そのため、悪夢にうなされても、私は壊れないんじゃないかな?

と最近では思っています。生活保護になる前に450社の企業を受けることが私の目標です。


で、450社中150社くらいから書類を送り返される。1社内定できればそれでいいので、150社から酷い仕打ちを受けても、精神は気になりません。


障害者にとって生きていることは常に地獄。だから、別に全部もうあきらめたから、人生とか生きる意味とか、どうでもいい。

もう全部あきらめたのです。