障害者新聞

目と耳の障害者が作った新聞です。社会の本質を書いています。

「私ばかりしゃべってしまってごめんね!」と言う人は絶対良い奴である。

「私ばかりしゃべってしまってごめんね!」この言葉を言ってくれる人は、出来うる限り大切にしましょう。

滅多にいない良い奴です。


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みなさんのなかにも、こういった経験をしたことがありませんか?


『ストレスが溜まって上司の悪口や会社や学校、大学の悪口をペラペラと友達に一方的に話して、不満をぶつけてしまった。』


喋る側の人間は不平不満をぶつけているからストレスが発散されるのです。



人に向かって不満をぶちまけると人間は心がすうっとなり、気分が楽になります。


野党の政治家が感情論で不平不満を与党議員にぶちまけた後、すっきりした表情になるでしょう。


人の悪口や文句を言うのは人間の心理メカニズムにおいては本能的であり、ストレスが発散されるのです。


理性的な人間は不平不満があっても人前では黙っています。

  • この国をぶっ壊す
  • 思い知らせてやる
  • 国家をリセットする
  • ちゃぶ台をひっくり返す

こういう暴力的な言葉を使う人間がその後、政治の舞台でどのような成果を成し遂げたでしょうか?


全部調べてみれば分かります。格差社会を生み出したか、経済成長を低迷させたか、都知事に当選したものの豊洲を混乱させ、何も仕事をしていない口だけの人たちです。


自分から相手に罵声を浴びせまくる行為は、心理学的に快感です。


だから、それを少しやってしまったとき、はっと気づいて「私ばかりしゃべってしまってごめんね!」と言える人間は稀有であり、人格者であり、心のあたたかい人である可能性が極めて高いのです。


自分のことばかり俺が俺がと喋りまくる人間に、良い人はほとんどいません。


魅力的な人間は相手が話しているときじっと聞いているか、または、相手が話しやすいように適度に質問や相槌を織り交ぜてくれるのです。


そして、そういう人間がたまに自分の話をする際に、喋りすぎてしまうと、はっと気づいてこの言葉、「私ばかりしゃべってしまってごめんね!」と言ってくれるのです。


これができる人はまず間違いなく良い人です。こういう人との人間関係は大切にしましょう。


意識して大切にして長く友達やれるよう自分からも「努力」してみましょう。


大切な親友は失った後に気づくものです。だから壊れてしまわないよう、意識して言葉を選定したり本能だけで動かないよう、人間関係が壊れてしまわないよう努力する必要があるのです。


当たり前に傍にいた人間がずさんで暴力的な言葉を使ってしまったことから、当たり前ではなくなってしまう。もう、親友は傍にいない。ということがよくあります。


魅力的な人間は意識して人間関係を保てるよう努力する必要があるのです。


老婆心から、私はそう思っています。