障害者新聞

目と耳の障害者が作った新聞です。社会の本質を書いています。

日本の世論に厳罰化の要求があるのは、日本人の知性が劣化しているため。

前に弟から聞いた話なんだけど、偏差値の高い真面目な子のいる学校ほど校則が緩く、偏差値の低い不良学生が多い高校ほど、校則が厳しいんだそうです。


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優秀な子供は犯罪を犯したら捕まるし、凄く損をすることを知っています。


なによりも、やっていいことと悪いことの区別が付くため、突発的な感情から暴力を振るったり、校舎のガラスを割ったり、常日頃から悪いことをしないため、校則が緩いのです。


逆に不良の多い偏差値の低い高校では学生に理性と自制心がないため、(だから勉強しなくて低偏差値なんですが)、少しでもイライラしたら、感情を抑えきれず、先生やクラスメートに暴力を振るうのです。


また、学校のガラスを割りまくったり、整理整頓ができなかったり、当たり前だけど、決められた時間に決められた時間だけ勉強しないため、宿題もやってこないし、そのため学力と偏差値が低いのです。


これは国家も同じで、厳しい法律が多い国というのは、私達の民度は低いから厳しいルールを施行していますと、言っている様なものです。


日本でいま厳罰化の世論が形成され、学校の教師や官僚や政治家が少しでも汚職したらすぐにネットで「死刑にしろ」と叫ぶのは、私達は馬鹿だからもっと厳罰化によって束縛しなければいけないほど民度が低下しました。と言っているのと同じなんです。


知力が低いから抑制したり耐え忍んだりすることができず、すぐにピーピーと囀(さえず)ることしかできないのです。


少年法だって10代のうちは物事の分別が分からないから、若いときに過ちを犯しても、人生をやり直せるようにという理念に立脚しているのに、10代の犯罪者をすぐ「死刑にしろ!」と、ネットでは叫び声を上げる大衆の声が日本では一般的です。


これも日本人全員が一律に劣化し馬鹿になっているから、他人の不幸ほどの快楽がこの世にはないという動物的な欲求によって、自制心も理性も持たずに、耐え忍ばずに、動物的に行動しているからに他なりません。


実は少年法の厳罰化だけは自分も少し賛成しています。加害者の人生が10代で終わってしまうのは悲しいけど、人を殺しても直ぐに社会復帰できるというインセンティブ(誘因)が働いていることから、


少年のほうが凶悪犯罪が多く、加害者の心理としては、10代はボーナスステージであり、たくさん人を殺しても死刑にならない優位な立場に居ることを犯罪前に理解しているため、「犯罪を犯すなら今のうちがお得だ」というインセンティブ(意欲)が働いてしまう。


凶悪犯罪はお得であり若い頃は是非ともたくさんやっておくべきと思わせてしまうのは問題だと、自分も思うからです。


ただ、基本的に厳罰化の流れはどちらかと言えば自分は反対です。国民が思考して自制して理性的な行動を取るよう促すような厳罰化しなくてもそもそも人としてやっていいことと悪いことの分別が付く人間であってほしいため(ただし、これは希求であるため論理性はない)、どちらかと言えば、私は厳罰化に反対です。


人間は本能で動くとき、いくらでも卑(いや)しい生き物になれます。他人の不幸は蜜の味とはよく言ったもので、人が不幸になると気分が良くなります。


だから、厳罰化により死刑になる人間がいると、日本のネットユーザーはサルのように奇声を上げて大いに喜びます。


しかしながら、本来、理性的な人間は他人の不幸は喜ぶべきものではないことを知っているし、人として持つべき感情ではないと考察します。


アリストテレス曰く「悪意は思考すること自体が悪」であり、やってはいけないだけでなく、真に理性的な人間であるには、人を貶(おとし)めることを考えること自体が悪なのです!


今の日本はその真逆で法務大臣が死刑執行すると国民は大喜びをし、他人の不幸に快楽から狂乱します。


決して許すなとか、やったことの報いだ、とか。同じことをコイツにもやってやれとか、サルのたわごとがあるから日本語で書かれたインターネットの文章は、すべからく質が低いのです。


それは日本人の知性が劣化し、劣化しても生きていけるだけの豊かな社会になったことの証左でもあります。楽な社会が到来したことの証なのです。


今の日本は、配慮や思慮や他人への思いやりと言った大らかさとは真逆を行く、神経質ですぐに非難や苦情を入れ、過敏に過剰反応するため、直ぐに自粛する低知性な社会が成立しているのです。


そしてこの原因となっているのが「瀕すれば鈍する」。グローバル化によって日本人全員の所得が減少し、日本人が全員で貧乏になったため、みんなイライラしてストレスのハゲ口を探しているから、知性が劣化し、民度が下落したのです。


この国に貧乏人が増殖し、心が貧しく、すぐにカッとなる動物のような本能で生きる人間が増えすぎたことが、厳罰化を要請する世論を形成している最大要因であると言えます。