障害者新聞

目と耳の障害者が作った新聞です。社会の本質を書いています。

なぜ、障害者はレッドオーシャンを好むのか?

なぜ、障害者はレッドオーシャンを好むのだろうか?

私にはわからない。


☆☆☆


2000年代初頭はまだ労働者を守る規制が残っていた。

そのため、非正規社員の求人はそれほど多くなかった。


いま、障害者で合同就職説明会へ行くと、ほぼ8割は非正規での求人しかない。

私は非正規で5年働いた。


一生懸命働いた。しかし朝から晩まで書類整理するだけであり、仕事は高度化しなかった。

一生懸命働いても働かなくてもお給料は変わらなかった。


もう20年も前だが、家に帰って私は勉強した。

サイト設計とプログラミングを習得し、自分ひとりでWebサイトを制作できるところまで独学でスキルを上げ、転職した。そして別の会社で正社員になった。


非正規の職場ではただのお手伝いさんであり、戦力とすら見なされなかった。

努力は無意味だった。


それ以前の問題として耳が聞こえなかったから、どんなに努力しても人事考課でコミュニケーションスキルは

最低点を付けられ、お給料は上がることがなかった。


正社員になってからスキルを上げお金を稼いで、会社のサイトからの売上を馬鹿上げして、やっと出世して、お給料が増えた。

しかしそこからは、視力と聴力が悪化し続け、労働者人生を辞めることになった。


最近は無職でありブロガーである。

要は暇人だ。

過去の私は非正規のときも正規のときも、一生懸命に努力すれば誰かが見ていてくれる。成果を出せばお給料は増える。出世できると、そう考えていた。


しかし違かった。

障害者の私が努力していてもあまり意味はなかった。


なぜなら同じ等級の他の同僚も私と同じだけ努力していたからだ。

目の見える人間と見えない人間が同じだけ努力していたら、目の見える人間のほうが成果がたくさん出るのは当たり前なのだ。


人と同じ努力なぞ無意味であったことを私は知った。

出世してお給料を月4-5万円上げるのは、とても難しい。


朝から晩まで競争して成果を出して出して出しまくる。

それでやっと来年の給料が5,000円アップが関の山だ。


会社のWebサイトからの売上を月300万円増やしても、私の賃金なんて月3,000円上がるのがやっとだ。

非正規障害者の努力なんて無意味である。


完全に無意味である。

(だけど職務経歴書にこれを書けると、転職時に賃金が上がることが多い。だから給料上がらなくても、会社の売上に直結する価値ある仕事は、一生懸命働いたほうが良い。)


(また、今の会社で正社員を目指すならば、誰かが見ていてくれるではなく、何をいつまでにどれくらいやれれば正社員になれますか?

と、こちらから何度も上司に問い合わせたほうが良い。そうしないと正社員になるのは難しい。

黙っていてもなれるものではない。正社員になるための成果の定義を定量化し、能動的にこちらから動くべきなのだ)


最近ぼんやりすることが増えた。無職のブロガーだからだ。

何をしてるのかと言われたら、私は記事を書いているか、思考をしている。


ミクロ経済学インセンティブ理論とゲーム理論シグナリングを、脳内で組んでいることが多い。

所得の高い人(たとえば東京都港区民の平均年収は1,000万円を超えている)、の多く住む自治体は都営住宅だけではなく、区営住宅も運営している。


大量の住民税を受け取れるため、金が余って余って仕方がないからだ。

私はそういうところによく行く。


他区の人間なので行っても無意味なのだが、行ってパンフレットに書かれている法文を読み漁る。

そこには区営住宅の入居基準が6つほど書かれている。


偏差値58程度の読解力なら読めるはずである。

そこには所得条件、障害等級、そして区に住んで何年経つのか、親がいるか、などの募集要項が箇条書きされている。


区にも依るが6つくらいあり、入居するには、それらの条件のすべてを満たす必要があることが分かる。

読んでいくと大体5つは満たしている。


あと1つだ。どうすればこの1つを満たせるのか。

たとえば親と一緒に住んでいなければならないなどであり、どうすればこれの問題を解決できるのかをひたすらに考察しているのである。


各区及び市役所には(特に金持ちな自治体には)、住宅課があり、そこに応募要項の載ったパンフレットが必ずあるのだ。

平日の昼間に行くと、そのフロアには私以外誰もいない。


ガラガラである。

昔の私と同じように障害者はレッドオーシャンで所得の上がらない(皆と同じ戦い)を、職場でしているからだ。


区営住宅なり市営住宅なり公営の住宅に住むと、家賃は4万円は下がる。

これは出世して4万円所得アップするのと経済的豊かさは変わらない行為だ。


しかしすべての障害者は皆と同じレッドオーシャンで血なまこな戦いに励む。

努力が報われると思っているのだ。昔の私と同じように。


だが、もう一度言う。区営住宅のパンフレットが置いてある住宅課はいつも人がいない。

公務員は営業しなくてもクビにならないから、暇そうに椅子に座っているだけである。


競争相手はほぼゼロだ。しかも障害者のほうが募集要項を満たすことが多く、障害者が健常者に勝てる数少ない有利な市場である。

競争相手のいない戦いをせず、わざわざ職場のレッドオーシャンで難易度の高い戦いをする。


条件を満たせば健常者でも入れるのに(障害者しかいない公営住宅なんて存在しない)

健常者・障害者共に競争の過激なレッドオーシャンで成果を出すため日夜戦っているのである。


出世できる人間は常に一握りだ。

このわざわざ椅子の数の少ない競争に自らがレミングの谷底に突き落とされるかの如く戦い、体力と時間を消耗させていく。


私は住宅課でぼんやりとパンフレットを2度読み3度読みしていく。

時給は後者のほうが3000倍以上は高い。3000倍以上楽な仕事なのにだ。


つまり、労働生産性(1時間あたりに稼げる金の量)は900万倍は高い。

しかしそれをやる人間は誰もいないのである。


社会常識・社会規範。画一的教育。

皆と同じことをしなければ不安になるための刷り込み教育。


マイホームは3,000万円ないと買えないとか意味がよくわからない。

この日本語が私には理解できない。


え?マイホームって首都圏なら70万円から売ってるでしょー。


■千葉のマイホームは70万円!!

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出典:建美家/首都圏の物件一覧(https://www.kenbiya.com/pp1/s/chiba/etc/re_24569188q4/

1ヶ月に1回70万円で買った家を掃除して150万円で売れば月給80万円なのに、お前の替えはいくらでもいるんだぞ!

と言われながら、障害者は上司に頭殴られながら、それでも耐える安月給のサラリーマンになぜなりたがるのか。


過去の私もそうだったのだが、いまの自分には理解できない。

私にはわざと競争難易度の高い血なまこなレッドオーシャンに入水する理由がよく分からない。


ちな、70万円で買って70万円で売ると、それは裁定取引になるため大損する。

買ったあとセルフリフォームをして価値を高め、新築同様にできる大工のスキルがないと、司法書士と不動産屋に支払う登記代と仲介手数料で大損するためだ。


自分が住むならそれほど損にはならないけどね。

買ったときと自分が売るときで同じ価値だと大損。


買った後自分で大工やって畳とフローリングと浴槽の張り替えができて

買ったときと売るときで、住宅の価値がまったく異なるからこそ、その差益を獲得できるのである。


風呂のリフォームなんて業者に頼むと80万円くらいするけど、あれ新しい浴槽の製造原価は10万円以下でしょ。

70万円は人件費ですよ。


その人件費の中抜き分を自分で受け取るには自分で浴槽をリフォームできるスキル(要は大工スキル)

を獲得すればいいという、ただそれだけのことである。


商品の価値を高めないと無意味。実に無意味である。それではただの裁定取引

ブックオフで100円で買った専門書を何もせずメルカリで3,000円で出品するのと同じようなものである。


この場合、価値は変わってない。

人間は価値>価格のときに商品を購入する生き物である。このときのみ、購買意欲が高まるのだ。


また、大工スキルについて経済学的に考察する場合、仕事とは、お給料をもらう行為ではない。

お金とお金を稼げるスキルの両方を獲得するための行為を言うのである。

大工になるのは大工として仕事をしたいからでも、その会社からお給料をもらいたいからでもない。


大工スキルという金を生みまくるリフォームの技能を獲得できるから、そこで働くのである。

Webサイト設計者も医者もエンジニアもすべてそうだ。


警備員やコンビニ店員の一番の損失は、低賃金なことではない。

大工と違って、マニュアル化され誰でもできる仕事ばかりさせられるから、金を稼げるスキルを何一つ獲得できないところにあるのである。


仕事とは金を稼げるスキルを獲得する行為のことであり、それを知らないから、年だけとってスキルなしの人間が生まれるのである。

労働生産性とはこのこと。どのスキルを自分が持っていて、1時間でいくら金を稼げるのかのことである。


これらはすべて経済学の教科書に載っているのだが、誰も専門書は読まないので読んだ人間(か、それを元にブログ書いてるアホが書いたブログを読んだ人間)

だけが圧勝する。

東大卒や京大卒は頭が良いが、必ずしも手先が器用だとは限らない。大工なんてやらない。


戦う土俵を変えれば、競争相手と使うスキルが異なるのだから、勝率は全然変わってくる。

ミクロ経済学は椅子取りゲーム。社会の論理性を知っているか知っていないかであり、勝者は常に一握りなのである。


(おしまい)


P.S:9月9日と14日に100円と1000円それぞれ寄付がありました。

ありがとうございます!


記事を書く上で参考書をたくさん読むので、本の購入代金に充てようと思います。

記事の質向上のために、有用に使えたらと思っております。

ありがとうございました。


(おまけ)


最近テレビまったっく見てないのですが、その分You Tubeを見るようになりました。

釣り動画が好きなので、これとか見てます。テレビよりおもしろいです。


フェリーとかすごい。

これも見てる。母島すごい!


宜しければご覧になっていただけたらと思います。四国一周旅行のこれも見た。

おもしろいです。

土日などお暇なときにご覧になってくださいな(ぺこり)。